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最難関の哲学書へ——20世紀最大の主著『存在と時間』解読の鍵
結論: 『存在と時間』が難しいのは、あなたの読解力の問題ではありません。この本は「存在するとはどういうことか」という、あまりに根源的で忘れられていた問いを立て直すために、日常の言葉をいったん解体して作り直した本です。だから普通の語感で読むと、造語の壁で立ち往生します。逆に、この本が何を問うている本なのかと、いくつかの鍵語さえ先に掴めば、あの難解さは、現代思想の源流をのぞき込む興奮に変わります。この記事はその鍵を渡し、挫折しない登り方まで案内します。
このシリーズ〈解読の鍵〉は、「難しくて手が出ない」とされる哲学の古典を、正面から扱います。やさしく薄めるのではなく、難しさそのものを解剖して地図に変える——それが、いつか原典を自分の目で読むための最短ルートだと考えるからです。今回は、20世紀哲学の地図を塗り替えた一冊です。
なぜ「20世紀最大にして最難関」なのか
マルティン・ハイデガーの『存在と時間』(1927年刊)は、20世紀最大の哲学書という評価と、最も挫折されやすい古典という悪名を、同時に背負っています。刊行されるや電撃的な成功を収め、サルトルの実存主義、ガダマーの解釈学、そしてデリダをはじめとする現代思想が、こぞってこの本を通り抜けて自分の思想を鍛えました。読み通せた人が一目置かれるのは、伊達ではありません。
しかもこの本は、未完です。当初の構想の後半は公刊されないまま終わりました。前半だけでこの影響力と難解さなのですから、底が知れません。難しさの理由は、内容が高尚だからというより、ハイデガーがこの本で「言葉そのもの」を作り直しているからです。普段の語彙では、彼が問いたいことが言えない。だから彼は日常語を分解し、ハイフンでつなぎ、語源にさかのぼって、新しい概念の道具を鍛えます。読者はその新しい言葉を一つずつ覚えながら登ることになる。素手で挑めば序論で力尽きますが、必要なのは根性ではなく、鍵語の地図です。
難しさの正体——3つの壁
『存在と時間』の難しさも、分解すれば怖くありません。壁は主に3つです。
- 造語の壁——最大の壁。「現存在」「世界内存在」「手許存在」「世人」「被投性」「頽落」「先駆的覚悟性」。ハイデガー独自の造語が骨格で、しかもドイツ語の語源の響きを利用しているため、日本語訳もどうしても硬くなります。訳者によって訳語も違います。
- 問いの壁——そもそも「存在への問い」という出発点が、あまりに根源的で掴みにくい。「存在するとはどういうことか」と問われても、何を問われているのか分からない——その戸惑い自体が、実はこの本の入口なのですが、知らないと序論で迷います。
- 未完という壁——現に手に取れるのは構想の前半だけ。だから「時間」の本格的な議論に入る手前で本文が終わる感覚があり、全体像を独力で描くのが難しい。地図がないと、どこへ向かう登山なのか見えないのです。
この3つは、次の「鍵」でひとつずつ崩せます。順に渡していきます。
解読の鍵——霧を晴らす4つの視点
鍵1|「存在への問い」を思い出す——この本が問うている、たった一つのこと
『存在と時間』の全体は、忘れられた一つの問いに向かっています。「そもそも “ある”(存在する)とは、どういうことなのか」。机がある、私がいる、数がある——私たちは「ある」を無数に使いながら、その意味を問うたことがありません。ハイデガーは、西洋哲学がこの根本の問いを取り違え、忘れてしまった(存在忘却)と見ます。そして、この問いに答える手がかりを、「ある」とはどういうことかを漠然と分かっている唯一の存在者——人間の分析から始めようとします。分厚い本文は、この一問への長い助走だと思ってください。迷ったら「これは “ある” の意味に、どう関わる話か」と問えば、現在地が戻ります。
鍵2|現存在=世界内存在——人間は「主観」ではない
ハイデガーは人間を「現存在(ダーザイン)」と呼びます。ふつう哲学は、人間を世界から切り離された「主観」と考え、その主観がどう外の世界を認識するかを問うてきました。ハイデガーはこれを退けます。人間は最初から世界の中に投げ込まれ、道具や他人と関わりながら生きている——世界内存在だ、と。たとえばハンマーは、じっと眺めて認識する「客体」ではなく、打つために手が伸びる「手許の道具」として、まず現れる。私たちは世界を、認識する前にすでに使い、気遣い、住んでいるのです。デカルト以来の主観/客観という枠組みを、この一手が根から崩します。
鍵3|世人(ダス・マン)と本来性——「ふつう」に埋もれた自己
では日常の私たちは、どう存在しているか。多くの場合、世人(ダス・マン)として、です。世人とは特定の誰かではなく、「みんなそうしている」「ふつうはこうする」と言うときの、あの匿名の「みんな」。私たちはその中に紛れ、自分で決断する重荷を免れて楽になっている(頽落)。それは悪ではなく、日常の標準状態です。しかしそこでは、ほかの誰にも代われない「この私」の生が覆い隠されている。この、世人に埋もれた非本来的なあり方から、本来的な自己へ——その移行の可能性を、次の鍵が開きます。
鍵4|死への存在と時間性——書名「存在と時間」の核心
世人の支配がもっとも隠しようもなく破れる場面を、ハイデガーは一つ挙げます。死です。どれほど「みんな」に紛れても、死ぬのは私であり、誰も代わってくれない。この代理不可能性を、遠い先送りにせず先回りして引き受ける(先駆的覚悟性)とき、世人の物差しは力を失い、本来的な自己が開かれる、と彼は言います。そして——ここが書名の核心です——こうした現存在のあり方を支えているのは、過去・現在・未来を貫く時間性だった。人間は時間としてある。だから『存在と時間』なのです。「ある」の意味を、時間から解き明かそうとする——それがこの本の到達しようとした地平でした。
読めたとき、何が見えるのか
この本を一度くぐると、20世紀以降の思想の地形が見えるようになります。サルトルの実存主義は現存在と自由の分析から、ガダマーの解釈学は了解の構造から、デリダの脱構築はハイデガーとの格闘から——現代思想の主要な流れの多くが、この本を源流に持ちます。「人間とは何か」ではなく「人間はどのように存在しているのか」と問い方を変えたこと自体が、哲学の作法を更新しました。
そしてこの本の視線は、生き方にも直接届きます。世界にすでに投げ込まれ、道具と他人に気遣いながら、たいていは「みんな」に紛れて生きている——その日常を、死という有限性から照らし直したとき、借り物でない自分の生が姿を現す。最難関の一冊は、抽象的な存在論であると同時に、あなた自身の生の分析でもあるのです。(この生き方としての側面は、姉妹記事〈目標が無い人生から脱する方法〉でも扱っています。)
挫折しない登攀ルート
鍵を手にしたら、あとは登り方です。当編集室の推奨は、いきなり原典の序論に取りつかないこと。次の順で足場を固めると、原典に着いたときの視界がまるで変わります。
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STEP 1 ── 山頂の景色を先に見る
まんが版と木田元『ハイデガーの思想』で、全体像を掴む
まずまんが版『100分de名著』で、世人・死への存在という山頂の景色を1時間で先取りし、木田元『ハイデガーの思想』で思想全体の見取り図を持ちます。鍵1〜4を、物語と地図で確認する場所です。
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STEP 2 ── 原典と並走する読解に慣れる
轟孝夫『存在と時間 入門』で、本文の順路をなぞる
全体像を掴んだら、原典と並走する読解ガイドへ。轟孝夫『ハイデガー「存在と時間」入門』が本文の運びに沿って解説してくれるので、原典に挑む直前の予行演習になります。実存思想としての強い読みが欲しければ竹田青嗣『ハイデガー入門』を重ねると、読み筋が二本になります。
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STEP 3 ── 原典(最終目標)
細谷貞雄 訳『存在と時間』に、地図を持って挑む
足場が固まったら、いよいよ原典へ。現存在・世界内存在・世人・死への存在という鍵語の地図で現在地を確かめ、詰まったら解説書へ戻る往復が正規ルートです。原典序論の空気は、姉妹アーカイブ〈わかりやすい「存在と時間」〉で無料で下見できます。数ヶ月かけて登る山だと、あらかじめ受け入れておくのが最良の挫折対策です。
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装備をそろえる——3冊
上のルートで挙げた本から、核となる3冊です。5冊全体の比較は5冊比較表、順番の詳細は読む順番ロードマップへ。価格・在庫はAmazonの商品ページでご確認ください。
まず全体像——山頂の景色と地図
まんが版『100分de名著』で核心を1時間で先取りし、木田元『ハイデガーの思想』で思想全体の地図を持ちます。難解という先入観でつまずいた人にこそ、この2冊が最初です。
次に原典並走——読解ガイド
轟孝夫『ハイデガー「存在と時間」入門』は、原典の本文に沿って読み進められる伴走者。原典に挑む前の予行演習に最適です。
そして原典へ
存在への問いも、死への存在も、最後はあなた自身の目で原文にあたるのが目的地です。まずは細谷貞雄訳・ちくま学芸文庫版から。