『ハイデガー入門』書評——哲学者による、正面からの読解
★★★★☆4.2 / 5.0(編集室評価)
結論: 解説書ではなく「読解」を読みたくなったら、この一冊です。竹田青嗣は『存在と時間』を「人間はいかに生きうるか」という実存の問いの書として正面から読み抜きます。読みの強度で選ぶ本であり、木田元の地図と対にすると、ハイデガー解釈の幅そのものが手に入ります。
どんな本か——3行で
『ニーチェ入門』などで知られる哲学者・竹田青嗣が、フッサール現象学を足場に『存在と時間』を読み抜いた入門書です。1995年刊の原本(講談社選書メチエ)が2017年に学術文庫入りし、現在も新刊・Kindleで入手できます。客観的な学説紹介ではなく、一人の哲学者が自分の問題としてハイデガーを読む——その現場を見せる本です。
核心——実存思想としてのハイデガー
『存在と時間』には大きく二つの読み筋があります。存在一般への問いの未完のプログラムとして読むか(木田元の読み)、人間存在の自己了解の書=実存思想として読むか。本書は後者を徹底します。世人への頽落、不安、死への先駆——これらを竹田は「自分の生の実感から検証できる記述」として読み直し、なぜこの本が読む者の人生に手を突っ込んでくるのかを説明してみせます。ちなみに、この「現存在(人間)の分析がなぜ存在の問いの入口になるのか」という論点そのものは、姉妹アーカイブのコラム〈現存在の謎〉〈現存在の謎2〉が正面から扱っています——本書と読み比べると、二つの読み筋の分岐点が見えます。
読みどころ3点
1. 現象学からの助走
フッサールの現象学を先に据えてからハイデガーに入る構成のおかげで、「現象学的存在論」という原典の方法宣言(姉妹アーカイブの§7「ことがらそれ自身へ!」と唱えろが扱う箇所です)が、スローガンではなく手続きとして理解できます。
2. 不安と死の分析の読み直し
『存在と時間』後半の実存論的分析を、竹田は借り物の要約ではなく自分の言葉で組み直します。この部分の推進力は、入門書というより一個の哲学書です。
3. 「エロス論」的な読みの提案
ハイデガーの記述を人間の欲望論として捉え直す竹田独自の視角は、賛否が分かれる分だけ、読者に「自分はどう読むか」を要求します。入門書で読みの当事者にさせられる、まれな体験です。
注意点
二点。第一に、本書は中立の解説書ではありません。竹田の読みは強く、それがこの本の価値ですが、最初の一冊にすると「竹田のハイデガー」をハイデガーそのものと思い込む危険があります。木田元のあとに読んでください。第二に、原本は1995年——後期思想の扱いは薄く、研究動向も当時のものです。全体の現在地は木田本と轟『ハイデガーの哲学』(2023)で補完してください。
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