『荘子と遊ぶ』書評——「わかる」より「遊ぶ」で近づく荘子
★★★★☆4.0 / 5.0(編集室評価)
結論: 荘子を「理解する」前に「味わう」ための一冊です。禅僧であり作家でもある玄侑宗久が、胡蝶の夢や無用の用といった寓話を、教科書的な解説ではなくエッセイの自由さで読み解きます。荘子は正しく解釈しようと身構えるほど遠ざかる思想書。その独特の呼吸に身を浸すのに、この本はよく効きます。入門解説の次、原典の前に置きたい二冊目です。
- 書名
- 荘子と遊ぶ
- 著者
- 玄侑 宗久
- 出版社
- ちくま文庫
- 形式
- 入門エッセイ(文庫)
- 難易度
- 入門 ★☆☆ ——予備知識なしで楽しめるエッセイ
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どんな本か——3行で
臨済宗の僧侶であり芥川賞作家でもある玄侑宗久が、荘子の寓話を題材に自由に綴ったエッセイです。章ごとに荘子の有名な挿話を取り上げ、それを現代の暮らしや禅の経験と往復させながら読み解いていきます。学術的な注釈書でも網羅的な解説書でもなく、荘子的なものの見方に読者を「遊ばせる」ことを狙った、軽やかな入門書です。
核心——寓話を「遊ぶ」という近づき方
タイトルの「遊ぶ」は、荘子の中心概念「逍遥遊」と響き合っています。荘子は、正解を突き止めようと力むほど本質から遠ざかる思想です。「自分が蝶を夢見たのか、蝶が自分を夢見ているのか」——胡蝶の夢が示すように、確固たる境界そのものを溶かしてしまう。だから著者は、寓話を「解釈」しきろうとせず、その揺らぎのなかに身を置いてみせます。
夢のなかで蝶だった自分と、目覚めて人である自分と、どちらが本当かを決めることに、それほど意味はないのかもしれない——境界を握りしめる手を、そっとほどくこと。(胡蝶の夢について、編集部がまとめた大意)
——荘子「斉物論」篇・胡蝶の夢の主題(編集部による要約・大意)
この「遊ぶ」姿勢は、荘子を初めて読む人が最初につまずく「結局何が言いたいのか分からない」という感覚を、むしろ肯定してくれます。分からなさごと楽しんでよい、と教えてくれるのです。
読みどころ3点
1. 禅の実践と往復する読み
著者は現役の僧侶です。荘子の「無為」や「心斎(心を空しくする)」を、坐禅や日常の実感と結びつけて語るため、抽象的な概念が身体の感覚に降りてきます。禅と老荘の近さを体感できるのは、この著者ならではです。
2. 一話完結で拾い読みできる
エッセイ集なので、気になった寓話の章から読み始められます。通読を義務に感じさせない構成で、忙しい人でも隙間時間に一話ずつ進められます。
3. 作家の文章のうまさ
芥川賞作家だけあって、文章そのものが読ませます。荘子の寓話が持つユーモアと飛躍を、日本語のエッセイとして楽しませてくれるのは大きな魅力です。
留意点と読み方
本書はエッセイであり、荘子全体を体系的に解説する本ではありません。逍遥遊・斉物論といった全体像の枠組みは、先に『100分de名著 荘子』で押さえておくと、本書の各エッセイがどのテーマに関わるのかが見えて、より深く楽しめます。また本書は原典そのものではないので、荘子の言葉に直接触れたくなったら、金谷治『荘子 内篇』(岩波文庫)へ進んでください。順序としては「解説で地図→エッセイで感触→原典で本文」がもっとも挫折しにくい流れです。
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