『自殺について』書評——ペシミズムの哲学者は、なぜ自殺を「解決」と認めなかったのか
★★★★☆4.3 / 5.0(編集室評価)
結論: 「人生は苦である」と説いた哲学者による、生と死の最も率直な考察。重いテーマを扱いながら、驚くほど冷静で、時にユーモアさえある五篇です。生と死の問題を、感情論でも道徳の説教でもなく、正面から考えたい人に。2025年の新訳は歴代でもっとも読みやすい。
- 書名
- 自殺について 他四篇
- 著者
- ショーペンハウアー(藤野寛 訳)
- 出版社
- 岩波文庫(2025年・新訳)
- 分量
- 164頁(五篇収録)
- 難易度
- 中級 ★★☆ ——短いが、主題は深い
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どんな本か——3行で
晩年の『余録と補遺』から、生と死をめぐる五篇を集めた論考集です。表題作のほか、「生存の空しさ」「世界の苦悩」など、ショーペンハウアーのペシミズム(厭世思想)の核心部分が短い散文で読めます。主著『意志と表象としての世界』の結論部を、体系抜きで味わえる位置づけの本です。
核心: 自殺は「意志の否定」ではない
誤解されがちですが、ショーペンハウアーは自殺を勧めた哲学者ではありません。むしろ逆です。彼の議論の要点はこうです——自殺は「生きる意志」の否定ではなく、意志の最も強い肯定の一形態である。生に絶望した人は、生そのものではなく「与えられた条件」を拒否しているにすぎない。ゆえに自殺は苦悩からの解決にはならない、と。
同時に彼は、自殺を罪として断罪するキリスト教的な道徳にも激しく反対します。裁くのでも勧めるのでもなく、考える。この距離の取り方こそ、本書が170年間読み継がれてきた理由です。姉妹サイトの§69「自殺について」の読解で、主著側の対応箇所を解説しています。
読みどころ3点
1. 表題作より深い「世界の苦悩」
収録篇のうち、編集室がもっとも読んでほしいのは「世界の苦悩」です。苦しみは例外ではなく世界の常態である、という認識から出発すると、かえって心が軽くなる——このペシミズムの逆説的な効能が、最短距離で体験できます。
2. 「死は破壊ではない」という視点
「われわれの真の存在は死によっては破壊されえない」という主題の一篇は、宗教の慰めを使わずに死の恐怖を解体しようとする、哲学にしかできない仕事です。成功しているかどうかは、ぜひ自分の目で判定してください。
3. 皮肉と遊び心
重い主題にもかかわらず、文章は陰鬱ではありません。人間観察の鋭さと皮肉の切れ味はエッセイストとしてのショーペンハウアーの本領で、諦観がユーモアに転じる瞬間が何度もあります。
2025年新訳について
長らく標準だった旧訳(斎藤信治訳・1952年)は名訳ですが、さすがに文体が古くなっていました。2025年刊の藤野寛訳は現代の日本語として自然で、初めて原典に触れる人の障壁を大きく下げています。旧訳で挫折した人にも、新訳での再挑戦をすすめます。
本書は生と死を哲学的に考察する書籍です。いま深刻な悩みの渦中にある方は、書籍よりも先に相談窓口(厚生労働省・まもろうよ こころ)を頼ってください。