中村元『龍樹』書評——龍樹を一冊だけ読むなら、これ
★★★★★5.0 / 5.0(編集室評価)
結論: 龍樹を一冊だけ読むなら、これです。生涯と伝説・大乗仏教史での位置・主著『中論』の〈空〉の思想を、日本の仏教学を代表する中村元が一冊にまとめた定番の名著。単なる解説にとどまらず『中論』の原典訳も収められており、「龍樹とは誰で、何を考えたのか」の全体像がこの一冊で手に入ります。難易度は中級ですが、龍樹の全体像を得る「地図」として長く使える一冊です。
どんな本か——3行で
本書は、大乗仏教の理論を決定づけた思想家・龍樹(ナーガールジュナ、2〜3世紀ごろの南インドの僧)について、その生涯と伝説、思想史上の位置、そして主著『中論(根本中頌)』の内容を、一冊で見渡せるように書かれた定番の入門的研究です。著者の中村元は、インド哲学・仏教学の分野で膨大な仕事を残した日本を代表する学者。伝記的な語りから『中論』の論理の解説、原典の訳へと進む構成で、初学者が龍樹の全体像をつかむのに最適な地図になっています。
核心——〈空〉と『中論』
龍樹の思想の中心は、ひとことで言えば〈空(śūnyatā)〉です。ただしこの〈空〉は「何もない」という虚無ではありません。ブッダが説いた〈縁起〉——あらゆるものは他との関係・条件によって生起し、単独では成り立たない——を突き詰めれば、どんなものにも「それ自体で存在する固有の本質(自性)」は認められない。この「固有の実体をもたないこと」を龍樹は〈空〉と呼びました。本書は、この核心を『中論』のテクストに即して丁寧にほどいていきます。あわせて、〈空〉を語る際に龍樹が用いた二諦(世俗諦と勝義諦、日常の言葉の真理と究極の真理)や〈中道〉といった鍵概念も、原典に沿って説明されます。抽象的になりがちな中観思想を、原典の訳を手がかりに「龍樹自身の言葉」で追体験できるのが、本書最大の価値です。
読みどころ3点
1. 生涯・伝説・思想が一冊で揃う
龍樹には歴史的事実と伝説が入り混じっています。本書はその区別に注意を払いつつ、人物像から思想までを一望させてくれます。まず「龍樹という人の見取り図」が欲しい人に最適です。
2. 『中論』の原典訳が読める
解説だけで終わらず、主著『中論』のテクストに直接触れられるのが強み。龍樹自身の切れ味鋭い論法(対立する見解をことごとく論駁していく手つき)を、訳文で味わえます。
3. 碩学の筆による信頼感
中村元は原典(サンスクリット・パーリ)に通じた第一級の学者です。その解釈は今も研究の出発点とされることが多く、初学者が最初に踏む土台として信頼できます。
注意点
二点。第一に、やさしい語り口ではありますが、『中論』の論理そのものが緻密なので、初めての一冊としては手応えがあります。〈空〉の勘所を先に軽くつかんでおくと読みやすさが変わるので、不安なら石飛道子『構築された仏教思想 龍樹』を先に読むのがおすすめです。第二に、本書は学術文庫として版を重ねてきた古典的名著であり、その後の龍樹研究(著作の真偽性など)はより新しい専門書で補うことになります。まず本書で全体像を、が正しい順番です。
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