『死に至る病』(岩波文庫・斎藤信治訳)書評——古典的定訳で読む、絶望の書
★★★★★5.0 / 5.0(編集室評価)
結論: 作品としては当棚の頂点、代表作『死に至る病』です。本ページで扱うのは斎藤信治による古典的な定訳(岩波文庫)。長く読み継がれ、多くの研究・引用がこの版を踏まえてきました。荘重で格調高い訳文を好む人、あるいは他書の引用と付き合わせたい人にはこちらが向きます。ただし内容は講談社学術文庫の新訳と同一作品。順位が4位なのは作品評価ではなく、初学者の「読みやすさ」で新訳を上に置いたためです。二訳を同時に買う必要はありません。
- 書名
- 死に至る病(岩波文庫)
- 著者
- セーレン・キェルケゴール
- 訳者
- 斎藤信治
- 出版社
- 岩波書店(岩波文庫)
- 形式
- 文庫
- 難易度
- 中級〜上級 ★★★ ——原典・格調高い定訳
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どんな本か——3行で
作品としての内容は講談社学術文庫版と同じ、キェルケゴール1849年の代表作です。人間を「自己」という関係の構造としてとらえ、その関係のつまずきとして絶望を論じ、後半でそれを「罪」として信仰の問題へつないでいきます。本ページで扱う岩波文庫版は、斎藤信治による古典的な定訳で、戦後長きにわたり日本語でこの書物を読むための標準的な入口であり続けてきました。
核心——絶望の解剖
『死に至る病』の核心は、絶望を感情ではなく〈自己〉の構造の問題として解剖する点にあります。自分自身であろうと欲しない「弱さの絶望」、自分の力だけで自分であろうとする「反抗の絶望」、そして絶望していることにすら気づかない絶望——キェルケゴールは、表面上は健康で快活な人の内にも絶望が潜みうると説きます。この診断の鋭さは訳によって変わりません。変わるのはその言葉の手触りです。斎藤訳は、荘重で密度の高い日本語で原典の重みを伝えます。一文一文をゆっくり噛みしめる読書に向いており、また日本のキェルケゴール研究や関連書の多くがこの訳の用語を前提にしてきたため、他の研究書・論文と読み比べるときの「共通言語」としても機能します。
読みどころ3点
1. 定訳としての厚み
長く標準とされてきた版だけに、術語の選択には歴史の重みがあります。過去の研究・解説書と語彙をそろえて読めるのは、深く調べたい読者にとって大きな利点です。
2. 格調高い訳文
荘重な文体は、絶望と信仰という主題の厳粛さによく響きます。読みやすさより「原典の重量感」を味わいたい人には、こちらの訳が刺さります。
3. 主題そのものの普遍性
絶望を自己の構造から捉える洞察は、訳を問わず現代に効きます。表面的な明るさの下の空虚を名指すその視線は、いまの私たちの「生きづらさ」にもまっすぐ届きます。
注意点・訳の選び方
二点。第一に、格調高い訳文は裏を返せば、現代語としてはやや硬く、初学者には読み進めにくい箇所があります。はじめてキェルケゴールの原典に触れるなら、より平易な講談社学術文庫の新訳(鈴木祐丞訳)のほうが挫折しにくいでしょう。第二に、繰り返しになりますが両版は同一作品の別訳であり、どちらか一方で内容は足ります。本書(岩波・定訳)を選ぶ積極的な理由は、「格調高い文体を好む」「研究・引用と語彙をそろえたい」場合です。まず一冊読み切ることが目的なら新訳を、というのが編集室の整理です。原典に不安があるなら、先に入門書で地図を持ってから臨んでください。
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