『100の思考実験』書評——1話数ページの「哲学ジム」に通う
★★★★☆4.0 / 5.0(編集室評価)
結論: 「考える練習」を習慣にする道具箱です。トロッコ問題型のジレンマから人格の同一性、神と悪まで、哲学の思考実験100本を1話数ページで収めた見本帳。頭から読む必要はなく、気になった問いだけつまみ食いできます。正義論の合間に置いておくと、どの本を読むときも「設定を変えて考え直す」癖がつきます。
- 書名
- 100の思考実験――あなたはどこまで考えられるか
- 著者
- ジュリアン・バジーニ
- 訳者
- 向井和美
- 出版社
- 紀伊國屋書店(2012年)
- 形式
- 単行本(408頁)
- 難易度
- 入門 ★☆☆ ——つまみ読み可
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どんな本か——3行で
イギリスの哲学誌編集長として知られる著者が、哲学の古典や現代の議論から思考実験を100本選び、1本につき「設定の提示+短い考察」という形式で並べた本です。倫理のジレンマだけでなく、記憶と人格、言葉の意味、神の存在、芸術の価値まで、哲学の主要な問いがほぼ一通り顔を出します。どこから読んでも成立する、辞書のように使える一冊です。
核心——「設定を変える」訓練
思考実験の本領は、奇抜な設定そのものではなく、設定を少しずつ変えたとき、自分の直観がどこで裏返るかを観察できることにあります。レバーを引いて1人を死なせるのは許せる気がするのに、人を突き落とすのは許せない気がするのはなぜか——変わったのは何か。本書は100本の実験を通じてこの「変数をいじる」操作を反復させてくれるので、読み終える頃には、ニュースの論争を見ても「この主張は、設定をこう変えても成り立つか?」と自分で問い直す癖がついています。これは正義論の本を読むときの基礎体力そのものです。各話の考察が数ページで切り上げられているのも美点で、結論を与えず、考えの途中で読者に問いを手渡してくる構成になっています。
読みどころ3点
1. 1話数ページの完結性
通勤の細切れ時間にちょうど1〜2話。哲学書にありがちな「前の章を忘れて振り出しに戻る」事故が構造的に起きません。読書習慣が途切れがちな人にこそ向いています。
2. 倫理以外の問いにも会える
正義論の入口から入っても、人格の同一性や懐疑論など、隣の部屋の問いに自然に出会えます。「自分は倫理より認識論が好きだ」といった発見があれば、次に読む分野の指針になります。
3. 元ネタへの案内がある
各実験には出典となった哲学者・議論への言及があり、気に入った問いから原典や解説書へ進む足がかりになります。見本帳としてだけでなく、読書案内としても機能します。
注意点
二点。第一に、100本の見本帳という性格上、一つの問いを深く掘る本ではありません。トロッコ問題を深掘りしたいなら『「正義」は決められるのか?』、理論の体系が欲しいならサンデルが適任です。第二に、著者の考察はあくまで「考えの呼び水」であり、学説の網羅的解説ではありません。考察に物足りなさを感じたら、それは次の本へ進む合図です。
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