『哲学探究』書評——自らの前期を覆した、後期の主著
★★★★★4.5 / 5.0(編集室評価)
結論: 後期ウィトゲンシュタインの主著にして、前期『論考』を書いた本人による最も鋭い批判の書です。「意味とは使用である」「言語は無数の言語ゲームだ」——写像理論を自ら手放して到達した新しい言語観が、番号つきの断章の連なりで、まるで自分と対話するように展開されます。難所ですが、前期を読んでいれば「何がどう覆されたのか」が手応えになります。鬼界彰夫の訳注・解説つきの版なら、独学でも筋道を追えます。
- 書名
- 哲学探究
- 著者
- ウィトゲンシュタイン/鬼界 彰夫 訳
- 出版社
- 講談社
- 種別
- 後期主著(原典・断章形式)
- 難易度
- 上級 ★★★ ——分量も大きい。腰を据えて少しずつ
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どんな本か——3行で
『哲学探究』は、ウィトゲンシュタインの死後に刊行された後期の主著です。前期『論理哲学論考』が一つの論理的建築だったのに対し、本書は番号つきの短い断章が連なる、対話のような書き方をとります。自分で問いを立て、自分で反論し、また問い直す——思考のプロセスそのものが紙の上で進行していきます。本棚では鬼界彰夫訳(講談社)を採りました。詳細な訳注と解説が、独学者にとっての伴走者になります。
主張の要点——意味は「使用」、言語は「ゲーム」
本書の中心は、前期の写像理論への根本的な批判です。言葉の意味は、それが指し示す対象(世界の像)にあるのではない。意味とは、言語の中でその語がどう使われるか(使用)である——ウィトゲンシュタインはそう考え直します。そして言語を、生活の営みに埋め込まれた無数の実践、すなわち「言語ゲーム」として捉えます。挨拶する、命令する、数える、冗談を言う——言葉は、それぞれの場面のルールの中で働く道具だ、というわけです。
もう一つの鍵語が「家族的類似」です。たとえば「ゲーム」と呼ばれるもの全てに共通する一つの本質はない。あるのは、家族の顔立ちのように、部分的に重なり合いながらずれていく類似の網だ、と説きます。前期が「言語の理想的な骨組みを外から見よう」としたのに対し、後期は「言語が実際に使われている現場を、内側から見よ」と促す——この視点の反転が、転回の核心です。
語の意味を問うのをやめ、その語が言語の中でどう使われているかを見よ。意味は使用のうちにある。(本書の中心的発想をまとめた編集部による大意)
——『哲学探究』の中心思想(編集部による要約・大意)
読みどころ3点
1. 冒頭の「言語ゲーム」の場面
本書の序盤、建築現場で「石板!」と声をかけて材料を受け渡す素朴なやり取りから、言語ゲームの発想が立ち上がります。抽象論ではなく具体的な場面から入るこの導入は、後期の見方を体で掴む入口です。
2. 「私的言語」をめぐる議論
自分だけにしか分からない感覚に、自分だけの言葉を与えられるか——本書中盤の有名な問いです。ここでウィトゲンシュタインは、言葉の意味が公共的な使用に根ざすことを浮かび上がらせます。
3. 鬼界彰夫の訳注・解説
本棚が採った講談社版は、訳者・鬼界彰夫による詳しい訳注と解説を備え、断章の飛躍を補って読者を導きます。原典の難所で置き去りにされにくい、独学向きの一冊です。
挫折ポイントと読み方
挫折の原因は二つあります。一つは断章を論文のように前から積み上げて読もうとすること。本書は結論へ一直線に進まず、問いと反問を往復しながらじわじわ核心へ寄っていくので、途中で「結局何が言いたいのか」と焦ると止まります。もう一つは前期を知らずに読むこと。本書は『論考』への自己批判なので、覆される前の立場を知らないと、批判の切れ味が伝わりません。当サイトが前期『論理哲学論考』を先に置くのはこのためです。読み方は、訳注に頼りながら一日数節ずつ、気になった断章に印をつけて往復する。急がないことが、この本には一番効きます。
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