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サルトルの本棚

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『嘔吐』書評——実存主義を、概念ではなく吐き気として生きる

2026-07-12|サルトルの本棚 編集室

★★★★☆4.4 / 5.0(編集室評価)

結論: サルトルの思想を、頭ではなく身体で味わいたいならこの一冊。1938年刊行のこの小説は、主人公ロカンタンが、ありふれた事物の存在そのものに突然おそわれる「吐き気」を日記の形で描きます。それは、名前や意味や有用性を剥ぎ取られた剥き出しの「存在」に直面する感覚——のちに『存在と無』で理論化される核心が、ここでは生々しい経験として立ち上がります。理屈で読むと難しいサルトルが、物語のなかで急に切実になる。鈴木道彦の新訳で読めます。

嘔吐 新訳(装丁風イメージ・当サイト作成)
書名
嘔吐 新訳
著者
J-P・サルトル/鈴木道彦 訳
出版社
人文書院
種別
小説(実存主義を体現する長編)
難易度
中級 ★★☆ ——物語で読める。ただし描かれる主題は哲学の核心

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どんな本か——3行で

『嘔吐』は、サルトルが1938年に発表した小説で、彼の名を一躍高めた出世作です。舞台は架空の港町ブーヴィル。歴史研究のために滞在する独身の主人公ロカンタンが、日々の些細な出来事を綴る日記という形式で物語は進みます。特別な事件が起きるわけではありません。ただ、彼は次第に、石ころや木の根やドアの取っ手といったありふれた事物の「存在」そのものに、名状しがたい「吐き気」を覚えるようになる。哲学論文ではなく小説だからこそ、実存主義の核心が「議論」ではなく「感覚」として読者の身体に届く——それが本書の比類ない役割です。

核心——「存在」に直面する吐き気

私たちは普段、事物を「用途」や「名前」の膜を通して見ています。木の根は「公園のベンチのそばの木の根」であり、意味と関係のネットワークのなかに収まっている。ところがロカンタンは、ある瞬間、その膜がはがれ落ちる経験をします。目の前の木の根が、名前も意味も理由もなく、ただ「そこにある」というむき出しの事実として迫ってくる。何のためでもなく、ただ余分に、過剰に存在している——この、意味づけを失った存在との直面が、彼を襲う「吐き気」の正体です。

これは、のちに『存在と無』で「即自存在」(物のように、ただそこにある存在)として理論化される事態を、経験の側から描いたものにほかなりません。そしてロカンタンは同時に気づきます——事物に決まった意味がないなら、私自身の人生にも、あらかじめ与えられた意味などない。だからこそ、意味は自分で作り出すほかない。物語の終盤、彼がその過剰な存在のただ中で、自由と創造のかすかな出口を見いだす筆致は、実存主義がなぜ絶望で終わらないのかを、論証ではなく物語で示しています。

事物は、意味や名前という衣を脱ぎ捨てて、ただ過剰に「ある」。その剥き出しの存在に直面したとき、私は吐き気を覚える——だが同時に、意味を与えるのは私だと気づく。(本作の主題を、編集部が要約したもの)

——『嘔吐』の核心的モチーフ(編集部による大意)

読みどころ3点

1. 抽象概念が「感覚」になる瞬間

「即自存在」や「存在の偶然性」といった、論文では取っつきにくい概念が、木の根や吐き気の描写を通して、身体で分かる経験に翻訳されます。ここを一度くぐると、主著の抽象論が生きた手応えを持ち始めます。

2. 日記形式がもたらす臨場感

ロカンタンの意識の揺れが一人称でじかに綴られるため、読者は彼と一緒に、世界がよそよそしく変質していく過程を体験します。思想が「起こる」現場に立ち会う感覚があります。

3. 鈴木道彦による新訳の読みやすさ

本作には複数の邦訳がありますが、鈴木道彦による新訳は、原文の緊張感を保ちながら現代の読者に届く日本語を目指した比較的新しい訳です。小説として素直に読み進められます。

留意点と読み方

本書は小説ですが、筋の面白さで引っぱるタイプの物語ではありません。大きな事件はほとんど起こらず、主人公の内面と知覚の変化がじっくり描かれるため、娯楽小説を期待すると肩透かしを感じるかもしれません。おすすめは、「これは実存主義を経験として描いた作品だ」と分かったうえで、ロカンタンの知覚がどう変わっていくかを味わう読み方。事前に入門解説や講演で「即自存在」「存在の偶然性」といった鍵語を掴んでおくと、吐き気の描写が何を意味しているかがくっきり見えてきます。逆に言えば、本書は理論と経験を橋渡しする中継地点。ここを通ってから専門書・主著へ進むと、抽象的な分析が絵空事になりません。

編集室メモ 本評は本書(鈴木道彦訳・人文書院)の実読と、サルトルの思想・作品に関する書誌調査にもとづく評価です。読了目安は約8時間(小説として読み進めれば、もう少し早く読めます)。星4.4は実存主義を経験として体感させる作品としての価値への評価で、難易度は率直に中級(★★☆)と示しています——物語で読めますが、主題は哲学の核心です。本ページのあらすじ・主題の説明と引用ブロックは、いずれも編集部による要約・大意であり、訳文の転載ではありません。正確な描写は本書でご確認ください。著者・訳者・出版社(J-P・サルトル/鈴木道彦 訳/人文書院)は書誌情報にもとづき記載しています。

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