『イマジネール』書評——「無」を思い描く意識が、自由の源になる
★★★★☆4.3 / 5.0(編集室評価)
結論: サルトルが主著『存在と無』の核心にどうやってたどり着いたのか、その道筋を知るための一冊。1940年に公刊された本書は、「想像すること」を現象学の手つきで徹底分析します。意識とは、目の前にない対象をあえて「無」として思い描く働きである——この地味に見える分析こそ、のちの「無化」や「自由」という壮大な主題の源流です。専門的で歯ごたえはありますが、主著の前後に読むと、サルトル思想の骨格が立体的に見えてきます。中上級者向けの重要な補助線です。
- 書名
- イマジネール 想像力の現象学的心理学
- 著者
- ジャン=ポール・サルトル/澤田直・水野浩二 訳
- 出版社
- 講談社学術文庫
- 種別
- 専門(現象学的心理学の研究書)
- 難易度
- 中上級 ★★★ ——専門的だが主著より射程が絞られ、精読しやすい
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どんな本か——3行で
『イマジネール』は、1940年に公刊されたサルトル初期の本格的な研究書で、原題は「想像的なもの」を意味します。フッサールに学んだ現象学の方法を用いて、「イメージを思い描くとはどういう意識の働きか」を精密に分析した、心理学と哲学のはざまに立つ一冊です。知覚(目の前の物を見ること)と想像(そこにない物を思い描くこと)を厳密に区別し、後者に固有の構造を取り出そうとします。地味な主題に見えて、実はここでの発見が、3年後の主著『存在と無』の中心概念へと成長します。主著の設計図を、その源流でのぞき見るような本です。
主張の要点——想像とは「無」を志向する意識
本書の核心は、想像する意識は、対象を「今ここにないもの」=「無」として立てるという洞察にあります。目の前の椅子を「知覚」するとき、意識は現に在るものへ向かう。しかし、いない友人の顔を「想像」するとき、意識はその友人を「不在のもの」「無」として思い描いている。つまり想像力とは、現実を否定し、そこにないものを打ち立てる、意識の一種の「無化」の働きなのです。
この分析が決定的なのは、それが意識の自由の根っこを指し示しているからです。意識が現実に埋没せず、現に在るものとは別のあり方(=無)を思い描けること——それこそが、人間が状況に縛られず、別の可能性へ自分を投げかけられる、つまり自由でありうることの条件です。『存在と無』で対自存在の中心に置かれる「無化」の力は、まさにこの想像力論から育ちました。本書を読むと、サルトルの自由の哲学が、抽象的な宣言ではなく、意識の具体的な分析から積み上げられたものだと分かります。
想像するとは、現にあるものを退け、そこにないものを「無」として思い描くこと。この現実を否定する力のうちに、意識の自由の芽がある。(本書の趣旨を、編集部が要約したもの)
——『イマジネール』の骨格(編集部による大意)
読みどころ3点
1. 主著の鍵概念「無化」の源流が見える
『存在と無』で唐突に感じられがちな「無化」や「自由」が、想像力という具体的な現象の分析から育ったことが分かります。主著の難所を、より手前の足場から照らし出してくれます。
2. 現象学の「手つき」を学べる
知覚と想像を丁寧に腑分けしていく記述は、フッサール由来の現象学的分析の実践例そのもの。サルトルがどんな道具立てで思考しているのかを、具体的に体得できます。
3. 射程が絞られ、精読しやすい
主著が人間存在の全体を扱う大著であるのに対し、本書は「想像力」という一点に集中しています。テーマが絞られているぶん、腰を据えれば一歩ずつ着実に読み進められます。
留意点と読み方
本書は専門的な研究書であり、入門解説や講演のような親切さは期待できません。心理学の具体例(イメージ、既視感、夢など)を手がかりに議論は進みますが、下敷きに現象学の発想があるため、前提知識がゼロだと骨が折れます。おすすめは、まず入門解説と講演でサルトルの全体像を掴み、できれば主著『存在と無』の「無化」「対自」の議論に一度触れてから、その源流を確かめるように本書を読む順序。「これは主著の設計図なのだ」という視点を持って読むと、細かい分析の一つ一つが、後の壮大な体系へつながる線として見えてきます。単独で読むより、主著とセットで読むことで真価を発揮する一冊です。
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