『100分de名著 サルトル 実存主義とは何か』書評——最初に手渡される、自由の地図
★★★★★4.6 / 5.0(編集室評価)
結論: サルトルを読み始めるなら、まずこの一冊。難解に見える実存主義を、研究・翻訳の第一人者である海老坂武が、時代背景と生涯からたどり直し、「実存は本質に先立つ」「自由の刑」「アンガジュマン」という鍵語に確かな輪郭を与えてくれます。図版と要約が親切な新書判でありながら、内容は薄めず、原典への橋渡しまで見据えている。ここで用語の地図さえ持てば、後に続く講演も小説も主著も、驚くほど読みやすくなります。
- 書名
- NHK「100分de名著」ブックス サルトル 実存主義とは何か
- 著者
- 海老坂武
- 出版社
- NHK出版
- 種別
- 入門(解説書)
- 難易度
- 入門 ★☆☆ ——新書判として明快。原典の前に読むための一冊
新書判/価格・在庫はAmazonの商品ページでご確認ください
どんな本か——3行で
著者の海老坂武は、フランス文学・思想の研究者で、サルトルの評伝や翻訳を長年手がけてきた第一人者です。本書はそのサルトル理解の蓄積を、NHK「100分de名著」の解説書という親しみやすい枠に凝縮した入門書。テレビ講座の構成にそって、サルトルの生涯(第二次大戦の経験、戦後フランスでの華々しい活動、政治参加の日々)を軸に、「実存は本質に先立つ」という中心命題を、それが生まれた文脈ごと解きほぐしていきます。「難解な用語をいきなり定義する」のではなく、「なぜサルトルはそう考えたのか」から説き起こすのが、本書の一貫した姿勢です。
核心——鍵語の地図を最初に手渡す
サルトルの思想を初学者が難しく感じる最大の理由は、鍵語がどれも独特の意味で使われることにあります。本書の核心的な貢献は、その鍵語に一つずつ地図を与えてくれる点です。「実存は本質に先立つ」とは、ペーパーナイフのように用途(本質)が先に決まっている道具とは違って、人間はまず理由もなく存在し、そのあとで自らの選択によって自分が何者かを作っていく、という考え方。だから人間には決められた本質などなく、「自由の刑に処されている」——選ぶことを免れられず、選んだ結果には責任を負わねばならない、ということです。
そして「アンガジュマン」(社会参加)とは、その自由を自室に閉じ込めず、状況のなかへ自分を投企し、時代に関わっていく態度のこと。本書はこれらの語を、サルトルの伝記的経験(戦争、レジスタンス、戦後の政治)と結びつけて説明するので、抽象論が絵空事にならず、切実な重みを保ったまま頭に入ってきます。「実存主義はヒューマニズムである」という有名なテーゼが、なぜ絶望の哲学ではなく希望と自由の哲学なのかも、ここで腑に落ちます。
人間はあらかじめ何者でもない。まず存在し、選び、行為することによって、はじめて自分が何者であるかを作っていく——だからこそ、人は自由であり、その自由に責任を負う。(本書全体の趣旨を、編集部が要約したもの)
——『100分de名著 サルトル』の中心的な見取り図(編集部による大意)
読みどころ3点
1. 生涯から思想へ——なぜこう考えたかが分かる
戦争体験や戦後フランスの政治状況と、「自由」や「参加」の哲学がどうつながっているのか。本書はそこを丁寧に架橋するので、サルトルの概念が「頭でひねり出した理屈」ではなく、生きられた必然として理解できます。
2. 原典への地図として設計されている
講演『実存主義とは何か』や主著『存在と無』の骨格が、あらかじめ見取り図として示されます。後に原典を開いたとき、「今どのあたりを読んでいるか」を見失わずにすむのは、この地図のおかげです。
3. 研究者・翻訳者ならではの正確さ
著者はサルトルの翻訳・評伝を手がけてきた専門家であり、用語の訳し分けや原語のニュアンスへの目配りが行き届いています。テレビ講座発の入門でありながら、いい加減な単純化に逃げない誠実さがあります。
留意点と読み方
本書はあくまで解説・入門であり、サルトル自身の原文そのものではありません。ここで全体像を掴んだうえで、次に本人の言葉に触れると効果が最大化します。おすすめは、まず通読してサルトルの世界の輪郭を掴み、鍵語(実存は本質に先立つ・自由・アンガジュマン・即自/対自)だけは自分の言葉で言い直せるようにしておく読み方。細部は、後で講演や主著を読みながら本書に戻って確認すれば十分です。もし「もっと本人の熱をじかに浴びたい」と感じたら、次に紹介する講演『実存主義とは何か』へ進むと、宣言の肉声が地図に血を通わせてくれます。
新書判/価格・在庫はAmazonの商品ページでご確認ください