『実存主義とは何か』書評——「実存は本質に先立つ」を、本人の肉声で
★★★★★4.5 / 5.0(編集室評価)
結論: サルトルの思想を、本人の肉声ではじめて浴びるならこの一冊。核となる講演「実存主義はヒューマニズムである」は、一般聴衆に向けて語られたものだけあって、主著の核心が驚くほど平明に、しかも熱をもって宣言されます。実存主義への当時の誤解(暗い絶望の哲学だ、行動を否定する、等)に一つずつ反論しながら自説を打ち出す構成は、そのままサルトル思想の最良の見取り図。入門解説で地図を持ったあと、2冊目に読むのに最適です。
- 書名
- 実存主義とは何か
- 著者
- J-P・サルトル/伊吹武彦・海老坂武 訳
- 出版社
- 人文書院
- 種別
- 講演(実存主義の宣言)
- 難易度
- 初中級 ★★☆ ——講演ゆえに平明。ただし議論の背後には主著がある
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どんな本か——3行で
本書の中心は、1945年にパリで行われたサルトルの講演「実存主義はヒューマニズムである」です。当時、実存主義は流行語であると同時に、キリスト教側からもマルクス主義側からも激しく批判されていました。「絶望と無為の哲学だ」「主観に閉じこもって連帯を否定する」——そうした非難に対し、サルトルが公開の場で正面から反論し、自らの立場を宣言したのがこの講演です。主著『存在と無』が難物であるのに対し、本書は聴衆に届くように噛み砕かれており、実存主義の核心が最も入手しやすい形で提示された「宣言文」だと言えます。
核心——誤解に反論しながら宣言する
講演の背骨は、あの有名なテーゼ「実存は本質に先立つ」です。神が設計図を持って造ったペーパーナイフは、存在する前から「切るための道具」という本質が決まっている。しかし人間は違う——まず理由なくこの世に投げ出され、そのあとで自分の選択によって自分が何者かを作っていく。つまり人間には、あらかじめ定まった本質などない。ゆえに人間は「自由の刑に処されている」。選ぶことから逃れられず、選んだ結果には全面的に責任を負わねばならないのです。
ここでサルトルは重要な一歩を踏み出します。自分について何かを選ぶとき、私は同時に「人間はこうあるべきだ」という像を全人類に向けて選んでいる——だから自由は気ままな独りよがりではなく、重い責任を伴う。この論理によって、実存主義は「暗い絶望の哲学」どころか、人間が自分と世界を作り変えていく希望と行動(アンガジュマン)の哲学として立ち上がります。誤解に反論するという形式そのものが、思想を鮮明にしているのが本書の妙味です。
人間は自らを作るところのものになる。だから私が私自身を選ぶとき、私は「人間とはこうあるべきだ」という姿を、同時にすべての人に向けて選んでいる。自由とは、この責任の別名である。(講演の趣旨を、編集部が要約したもの)
——『実存主義とは何か』の核心(編集部による大意)
読みどころ3点
1. 主著の核心が、最も平明に語られる
『存在と無』で緻密に展開される思想の骨格が、講演という形式のおかげで一気に見晴らせます。ここで全体像を掴んでおくと、後で主著に挑むときの迷子を防げます。
2. 「反論に答える」構成のスリル
当時の生々しい批判に、サルトルがその場で切り返していく。この応酬のリズムが、抽象的な命題に緊張感と説得力を与えます。思想が生きた論争のなかにあることが体感できます。
3. なぜ希望の哲学なのかが腑に落ちる
「自由の刑」という強い言葉が、絶望ではなく責任と行動へ開かれていく論理を、本書は短い分量で鮮やかに示します。実存主義への最大の誤解が、ここで解けます。
留意点と読み方
本書は平明ですが、それは背後に主著『存在と無』の厚い分析が控えているからこそ成立する平明さです。講演は要点を凝縮しているため、一つ一つの命題を深掘りしたくなったら、結局は主著や専門書に戻ることになります。おすすめは、まず講演を通読してサルトルの立場の全体像を掴み、印象に残った命題に印をつけておく読み方。細部の裏づけは、後で『存在と無』を読むときに回収すれば十分です。なお版によっては、この講演への当時の批判と応答が併録されていることもあり、論争の文脈まで追えると理解が深まります。もし「概念ではなく経験として味わいたい」と感じたら、次に小説『嘔吐』へ進むと、宣言された思想が物語として立ち上がります。
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