『それをお金で買いますか』書評——市場の論理が道徳を締め出す瞬間
★★★★☆4.0 / 5.0(編集室評価)
結論: 正義論の道具を「使ってみる」応用編です。行列への割り込み権、施設や球場の命名権、命への値づけ——「お金で買えるもの」の範囲が広がり続ける社会を、サンデルが豊富な実例で点検します。事例が具体的で身近なので、理論書が苦手な人が最初に読んでも楽しめる、シリーズ中いちばん取っつきやすいサンデルです。
- 書名
- それをお金で買いますか 市場主義の限界
- 著者
- マイケル・サンデル
- 訳者
- 鬼澤忍
- 出版社
- 早川書房(ハヤカワ文庫NF)
- 形式
- 文庫
- 難易度
- 中級 ★★☆ ——約6時間
Kindle版あり/価格・在庫はAmazonでご確認ください
どんな本か——3行で
お金を払えば行列に並ばずに済むサービス、成績への報奨金、公共施設の命名権売買——市場の論理が、かつて市場の外にあった領域へ広がっていく実例を集め、その一つひとつに「これは売買してよいものか」と問うていく本です。行列、インセンティブ、生と死、命名権といった主題ごとに章が立ち、現実の事例が次々に検討されます。
核心——値段がつくと、何かが変わる
本書の核心にある観察は、あるものに値段をつけると、そのものの性質自体が変わってしまうことがある、というものです。友情や名誉を「購入」したら、それはもう友情や名誉ではない。では、順番を待つこと、学ぶこと、産むこと、弔うことはどうか。標準的な経済学は「取引は双方が合意すれば双方の得になる」と教えますが、サンデルはそこに二つの問いを差し込みます。その合意は本当に対等か(公正の問い)。そして、取引されることでその財の意味が腐食しないか(腐敗・堕落の問い)。この二つの問いは、『これからの「正義」』で学ぶ理論の対立——効用の最大化と、美徳・共通善——が現実の値札の前で衝突する現場そのものです。読後は、日常のあらゆる「有料化」のニュースが議論の素材に見えてきます。
読みどころ3点
1. 実例のカタログとしての充実
挙げられる事例はどれも実在のもので、その数と多様さだけでも読む価値があります。「うちの業界のあれも同じ構造だ」という発見が、ほぼ確実に一つは起きます。
2. 経済学との正面対話
サンデルは経済学を敵視するのではなく、「市場は道具として優秀だが、道徳的に中立ではない」という一点を実例で示していきます。経済学部の人、ビジネスパーソンが読むと、いちばん火花が散る本です。
3. 日本の読者にも身近な主題
転売、優先レーン、ネーミングライツ、報奨金教育——本書の主題はどれも日本のニュースで日常的に流れているものばかり。理論を「いま・ここ」に当てる練習台として最適です。
注意点
二点。第一に、本書は事例の点検が主で、理論の体系的説明は薄めです。功利主義やカントの枠組みを先に『これからの「正義」』で入れておくと、各事例の検討が何の対立なのかが立体的に見えます(逆順でも読めますが、もったいない読み方になります)。第二に、サンデルは「市場化に慎重であるべきだ」という立場から書いています。反対側の最良の議論——市場擁護論——は、本書だけで済ませず自分で補う意識を持つと、より公平に考えられます。
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