『イワン・イリイチの死』書評——順調だった人生が、死の前で崩れるとき
★★★★☆4.3 / 5.0(編集室評価)
結論: 死を「理屈」ではなく「物語」として体験したいなら、この中編です。世間的には申し分なく順調に生きてきた判事イワン・イリイチが、不治の病を得て、「自分の人生は、本当に正しかったのか」という問いに突き落とされていく。哲学書でも医療書でもなく、一人の凡庸な男の内側から死を描き切った、文学が到達した死の記録です。読みやすい望月哲男の新訳。
どんな本か——3行で
著者レフ・トルストイは『戦争と平和』『アンナ・カレーニナ』で知られるロシア文学の巨匠。『イワン・イリイチの死』(1886年)は、彼が晩年に自身の死の恐怖と向き合うなかで書いた中編です。物語は主人公の死の知らせから始まり、時間を巻き戻して、彼がどう生き、どう病み、どう死んでいったかをたどります。本書には、夫婦・嫉妬・生の意味を扱うもう一つの問題作『クロイツェル・ソナタ』も併録されています。
核心——「正しく」生きた人生への問い
イワン・イリイチは、出世し、体裁のよい家庭を築き、世間の規範どおり「適切に」生きてきた人物です。ところが原因不明の病に倒れ、死が避けられないと悟ったとき、彼を最も苦しめるのは肉体の痛みそのものではなく、「自分は正しく生きてきたはずなのに、なぜこんなに満たされないのか」「もしかすると、自分の人生は間違っていたのではないか」という疑いです。
周囲の人々は、彼の死をなかったことのように振る舞い、形式的な同情の陰で自分たちの生活の心配をしている。その白々しさの中で、ただ一人、召使いのゲラーシムだけが素朴な優しさで彼に寄り添う。この対比を通して、トルストイは「体裁のために生きること」と「本当に生きること」の違いを、死の光に照らして浮かび上がらせます。物語の終盤、イワン・イリイチが辿り着く境地は——ここでは伏せますが——読者自身の生き方に静かな問いを残します。
痛みよりも彼を苛んだのは、これほど「正しく」生きてきたはずの人生が、死を前にしてまるで無意味に思えることだった。(本作の主題を要約した編集部によるまとめ)
——『イワン・イリイチの死』の中心主題(編集部による要約)
読みどころ3点
1. 「二人称の死」を突きつける冒頭
物語は同僚たちがイワン・イリイチの訃報を受け取る場面から始まります。彼らの本音は、悲しみよりも「自分でなくてよかった」という安堵と、後任ポストの計算。死をよそ事として扱う人間の姿を、トルストイは容赦なく描きます。養老孟司『死の壁』の「三人称の死」の議論と重ねて読むと、いっそう鋭く効きます。
2. 死にゆく者の孤独
誰もが彼の死を認めようとせず、彼自身も認めたくない。その相互の嘘のなかで深まる孤独の描写は、キューブラー・ロス『死ぬ瞬間』が臨床から取り出した「死をめぐる沈黙」の問題を、文学の側から照らします。
3. 望月哲男の新訳という入りやすさ
光文社古典新訳文庫の望月哲男訳は、現代の日本語として自然で、古典特有の敷居の高さがありません。文章は平易なので、内容の重さに集中できます。ロシア文学は初めてという人の一冊目にも向きます。
注意点と読み方
二点。第一に、これは解説書ではなく小説です。死について整理された知識を得たい人には、まずケーガンやガワンデのほうが向きます。本書の価値は、知識ではなく「追体験」にあります。第二に、主人公の苦しみの描写は率直で、闘病中の方や近しい人を看取ったばかりの方には、感情移入が強くなりすぎることがあります。短い作品ですが、無理をせず読んでください。
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