『ポスト資本主義の欲望』書評——資本主義の外を、欲望から問い直す
★★★★☆4.5 / 5.0(編集室評価)
結論: 左派加速主義の問題意識に、いちばん人間的な入口から触れられる一冊。『資本主義リアリズム』で知られるマーク・フィッシャーの最終講義録で、「資本主義の外を想像することはなぜこれほど難しいのか」を、欲望という切り口から粘り強く問い直します。学術論文ではなく講義の語り口なので、思考の運びをそのまま追体験できるのが魅力。概説で地図を得たあと、ランドの原典へ進む前の、絶好の橋渡しになります。星は思想的な射程への評価。未完の講義録という性格上、体系性は求めすぎないでください。
- 書名
- ポスト資本主義の欲望
- 著者
- マーク・フィッシャー/大橋完太郎 訳
- 出版社
- Pヴァイン(ele-king books)
- 種別
- 講義録(最終講義の記録)
- 難易度
- 中級 ★★☆ ——講義体で読みやすいが、背景知識があると深く読める
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どんな本か——3行で
マーク・フィッシャーは、著書『資本主義リアリズム』で「資本主義の外を想像することは、世界の終わりを想像するより難しくなった」という診断を突きつけた、イギリスの批評家・思想家です。ニック・ランドとも縁の深いウォーリック大学「CCRU」の周辺にいた人物でもあります。本書は、その彼が生前最後に担当していた大学院講義の記録。ポスト資本主義(資本主義の後)を欲望の側から構想できるかを主題に、精神分析・カウンターカルチャー・音楽・政治を横断しながら講義は進みます。惜しくも講義は途中で中断され、未完のまま遺されました。
核心——欲望から、資本主義の外を問う
本書の中心にあるのは、「私たちの欲望そのものが、すでに資本主義によって形づくられているのではないか」という問いです。資本主義に反対することは容易でも、資本主義が与えてくれる快適さ・刺激・便利さへの欲望から自由になるのは難しい。左派はしばしば、禁欲や我慢を説くことで資本主義に対抗しようとしてきました。しかしフィッシャーは、そこに罠を見ます。欲望を否定するのではなく、資本主義が解き放った欲望やテクノロジーを、資本とは別の未来へ振り向けられないか——これは、左派加速主義の中心的な問題意識そのものです。
ここで重要なのは、フィッシャーが1970年代のカウンターカルチャーや、快楽と解放をめぐる過去の実験を掘り起こし、「かつて別の未来がありえた」瞬間を思い出させようとする点です。資本主義リアリズム——資本主義の外はもう想像できない、というあの閉塞感——を破るために、彼は欲望の歴史を遡り、別の可能性の痕跡を探します。加速主義がなぜ「加速の先」に賭けるのか、その心情の核が、本書を通じて肌で理解できます。
問題は、欲望を捨てることではない。資本主義が解き放った欲望を、資本とは別の未来へどう振り向けるか——ポスト資本主義とは、欲望の禁止ではなく、その組み替えの構想である。(本書の趣旨を、編集部が要約したもの)
——『ポスト資本主義の欲望』の中心的な問い(編集部による大意)
読みどころ3点
1. 「資本主義リアリズム」を体感的に理解できる
フィッシャーの代名詞である閉塞の診断が、講義の語り口で具体的に展開されます。加速主義がなぜ生まれたのか、その時代の気分ごと掴めます。
2. 左派加速主義の心情がわかる
欲望を否定せず組み替える、という発想は、右派の暗黒啓蒙とは対照的な加速主義のもう一つの顔です。ランドの原典に進む前に、この対比を知っておくと理解が立体的になります。
3. 講義録ならではの臨場感
完成した論文ではなく、思考が生まれる現場の記録。フィッシャーが学生と考えを練り上げていく息づかいが、そのまま残っています。
留意点と読み方
最大の留意点は、本書が未完の講義録だということです。講義はフィッシャーの逝去により途中で終わっており、結論がきれいにまとまる本ではありません。体系的な「左派加速主義入門」を期待すると、拍子抜けするかもしれません。おすすめの読み方は、結論を取り出そうとせず、彼の思考の運びそのものに付き合うこと。また、精神分析(とりわけ欲望をめぐる議論)やイギリスのカウンターカルチャーへの言及が多いため、木澤佐登志『加速主義』で全体の地図を持ってから読むと、各論点が加速主義のどこに効いているのかを見失わずにすみます。ここまでで左派側の問題意識を掴んだら、いよいよ対照的な右派の原典、ニック・ランド『暗黒の啓蒙書』へ進めます。
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