『チベットの死者の書〈原典訳〉』書評——死者に、四十九日を読み聞かせる
★★★★★4.5 / 5.0(編集室評価)
結論: この棚の到達点にあたる原典です。死者の耳もとで四十九日のあいだ読み聞かせ、中有(バルドゥ)の迷いの中から解脱へと導くための書——世界的に名高い『バルドゥ・トドゥル』の、チベット語原典からの日本語訳。英語圏で広まった神秘主義的な解説を経由せず、原典に忠実に訳された点が本書の価値です。ただしこれは「原典」であり、いきなり読めば難所。足場を固めてから臨んでください。
- 書名
- チベットの死者の書 原典訳
- 訳者
- 川崎信定
- 出版社
- 筑摩書房(ちくま学芸文庫 カ3-1)
- 形式
- 文庫
- 難易度
- 中級〜上級 ★★★ ——名高いが原典・難所
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どんな本か——3行で
本書は、チベットに伝わる『バルドゥ・トドゥル(中有の聴聞による解脱)』——通称『チベットの死者の書』——を、チベット語の原典から訳した一冊です。人が死んでから次の生を受けるまでの中間の状態、すなわち中有(バルドゥ)を渡っていく「意識」に対して、四十九日のあいだ枕元で読み聞かせるための、いわば案内の書。死者が中有で出会う光や姿におびえず、それらが自らの心の現れであると気づいて解脱へ向かえるように、繰り返し語りかける構成になっています。訳者は仏教学の研究者で、原典に忠実な翻訳と丁寧な解説を備えています。
核心——中有を渡る導きの声
『死者の書』という題名は、ヨーロッパで付けられた通称です。原題が示すのは「聴くことによる解脱」——すなわち、死にゆく者・死者が、この書を耳で聴くことで迷いから抜け出せるという発想です。本書が描く中有の光景は鮮烈です。死の直後に現れる根源の光、続いて現れる穏やかな仏と憤怒の姿の神々、やがて次の生へ引き寄せられていく力——それらのすべてに対して、書は同じことを繰り返し告げます。いま目の前に現れているものは、外にある実在ではなく、あなた自身の心が生み出した現れである。おびえず、それと気づきなさい、と。ここには、密教の観想が説いてきた「心が世界を立ち上げる」という理解が、死という極限の場面に凝縮されています。だからこそ、密教まで足場を固めてから読むと、この書の一語一語が、突飛な幻想ではなく修行体系の帰結として立ち上がってくる。有名さの陰に隠れがちな、その思想的な密度に触れられるのが原典訳の醍醐味です。
読みどころ3点
1. 原典に忠実な訳で読める
英語圏で流布した神秘主義的な脚色を経由せず、チベット語原典から訳されています。後世の解釈ではなく、書そのものの言葉に触れられるのが最大の価値です。
2. 「心が現す」思想の極点
中有に現れる光や神々を「心の現れ」と説く構造は、密教の観想と地続きです。ここまで読み進めた人には、教義の到達点として深く響きます。
3. 死をめぐる思索の古典として
宗教の枠を超えて、死とどう向き合うかという問いに一つの答えを差し出します。訳者の解説が、原典を現代の読者へ橋渡ししてくれます。
注意点——名高いが難所
二点、正直に記します。第一に、これは解説書ではなく原典です。予備知識なしに開くと、次々に現れる神々の名や儀礼の細部に圧倒され、多くの人がここで挫折します。だからこそ本棚では最後に置きました。概説・入門・歴史・密教で足場を固めてから臨むことを強くおすすめします。第二に、『死者の書』は欧米でニューエイジ的に消費されてきた歴史があり、通俗的なイメージが先行しがちです。本書はそうした脚色から離れて原典に向き合う版であり、その意味でも「まず土台、それから原典」という順序が、この書に対して最も誠実な読み方になります。
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