『言葉と物』書評——「人間」は、近代の一時的な発明かもしれない
★★★★★4.5 / 5.0(編集室評価)
結論: 本棚で最も手強く、最も射程の大きい一冊です。「人間は、波打ちぎわの砂の顔のように消え去るだろう」という有名な結びで知られる、フーコー中期の記念碑的著作。ルネサンス以降の西洋の「知の枠組み(エピステーメー)」の断層を掘り起こし、私たちが当然と思う〈人間〉という主題自体が、近代のある時期に生まれた一時的な発明にすぎないと宣告します。難所ですが、フーコーの思考の大きさを味わうなら避けて通れません。
- 書名
- 言葉と物〈新装版〉——人文科学の考古学
- 著者
- ミシェル・フーコー
- 訳者
- 渡辺一民・佐々木明
- 出版社
- 新潮社(新装版)
- 形式
- 単行本
- 難易度
- 最上級 ★★★ ——中期の主著
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どんな本か——3行で
本書は、ある時代の知を成り立たせている無意識の枠組みを「エピステーメー」と呼び、ルネサンスから近代にかけて、その枠組みが何度か大きく組み替わってきたことを描きます。生き物や富や言葉をどう秩序づけるか——博物学・経済学・言語学の歴史をたどりながら、フーコーは「知り方」そのものに走る地層の断層を掘り起こします。そして、その断層の一つとして〈人間〉という主題が近代に登場し、また消えていくことを予告する、思想史上の事件となった著作です。
核心——エピステーメーの断層
私たちは「人間についての学問(人文科学)」を、いつの時代にもある自然なものだと思いがちです。本書はそれを覆します。「人間」という、認識する主体であり同時に認識される対象でもある奇妙な存在は、近代のある知の配置のなかではじめて可能になった、比較的新しい主題にすぎない——フーコーはそう論じます。だとすれば、知の枠組みがまた組み替われば、「人間」もまた消えうる。冒頭で長々と分析されるベラスケスの絵画『侍女たち』は、この「見る者と見られる者の関係」の寓話として置かれています。抽象度は高いですが、「あたりまえの知り方」そのものを歴史化するという、フーコーの最も野心的な試みがここにあります。読み解くには忍耐が要りますが、その射程の大きさは唯一無二です。
読みどころ3点
1. 「知り方」を歴史にする視点
個々の知識ではなく、それらを可能にする枠組みそのものを問う。この一段高い視点を体験すると、あらゆる学問が「時代の産物」に見えてきます。
2. 有名な結びの射程
「人間の終焉」というテーゼは、その後の人文思想に巨大な波紋を広げました。本書を読むと、20世紀後半の思想が何に応答していたのかが見えてきます。
3. 『侍女たち』論の鮮やかさ
冒頭の絵画分析は、難解な本書のなかでも比較的とっつきやすく、フーコーの読解の切れ味を味わえる名高い一節です。ここだけでも読む価値があります。
注意点
二点。第一に、本書は本棚で最難関です。前提とする知識も抽象度も高く、フーコー入門としては絶対におすすめしません。入門書と『監獄の誕生』、できれば『狂気の歴史』を経てから挑んでください。第二に、扱う学問史が広く、細部で迷いやすいので、「エピステーメーの組み替え」という一本の主題を軸に、大きな流れを追う読み方が有効です。全部を一度で理解しようとしないことが、かえって読み通すコツです。
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