『意識と本質』書評——東洋思想を横断する、比較の名著
★★★★★4.7 / 5.0(編集室評価)
結論: 本棚の到達点。禅・唯識・老荘・宋学からイスラーム神秘主義・ユダヤ思想まで、井筒俊彦が東洋の諸思想を縦横に横断し、「本質」をめぐる意識の深層構造を一枚の見取り図に描き出します。最も難解な一冊で、足場なしに挑めば挫折必至ですが、他の4冊で無我・空・道の土台を築いてから読めば、これまで別々に学んだ思想が底で通じ合う様が見えてくる。生涯読み返せる、東洋哲学の風景そのものです。
- 書名
- 意識と本質 精神的東洋を索めて
- 著者
- 井筒俊彦
- 出版社
- 岩波文庫
- 種別
- 比較思想の名著(東洋諸思想を横断する論考)
- 難易度
- 上級 ★★★ ——本棚随一の難解さ。足場を固めてから挑む一冊
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どんな本か——3行で
著者の井筒俊彦は、イスラーム哲学・言語学・比較思想で世界的に知られ、二十以上の言語を操ったといわれる碩学です。本書は、その井筒が「精神的東洋」——禅・唯識といった仏教、老荘、宋学、さらにイスラーム神秘主義やユダヤ神秘主義(カバラー)まで——を一望のもとに横断し、それらの思想が「本質」というものをどう捉えたかを、意識の深層構造という観点から比較・総合した論考です。個別の思想の解説ではなく、諸思想を貫く共通の問題圏を、一人の思索者が一枚の地図に描き切った、比較思想の記念碑的な一冊です。
核心——「本質」をめぐる意識の深層
井筒が問うのは、「ものごとの本質とは何か、そしてそれを人間の意識はどう捉えるのか」という一点です。西洋哲学の主流は、物事には固定した本質(それが何であるかを定める核)があると考えてきました。ところが東洋の諸思想は、その「本質」を、あるときは幻として否定し(禅の無分別)、あるときは意識の深層で立ち上がる元型として捉え直します。井筒は、この本質のありようを、意識の表層から深層へと降りていく段階として整理し直します。
圧巻なのは、その射程です。禅が説く「分別を超えた無」の境地と、唯識が説く意識の重層構造、老荘の「道」、イスラーム神秘主義の元型論——通常は別々に語られるこれらの思想が、「本質と意識」という一つの軸で串刺しにされ、互いを照らし合います。これまで無我・空・道として個別に学んできた発想が、なぜ底で通じ合うのか。その理由が、ここで一望のもとに見えてきます。
本質をどう見るかは、意識をどこまで深く降りるかによって変わる——東洋の諸思想は、その意識の深層で出会い、響き合っている。(本書の趣旨を、編集部が要約したもの)
——『意識と本質』の中心的な見取り図(編集部による大意)
読みどころ3点
1. 東洋思想が「ひとつながり」に見える
禅・唯識・老荘・イスラーム神秘主義が、「本質と意識」という共通軸で結ばれます。これまで別々に学んだ思想が底で通じ合う様を一望できるのは、他の入門書では決して得られない体験です。
2. 比較思想という方法の凄みに触れられる
複数の伝統を原語のニュアンスごと横断する井筒の手つきは、比較思想という営みそのものの醍醐味を教えてくれます。一つの思想を深掘りするのとは別種の、知の広がりが味わえます。
3. 読み返すたびに像を結び直す
射程が広く密度が高いぶん、一度で全体を掴み切ることはできません。しかしそのぶん、東洋思想の学びが進むたびに新しい像を結ぶ、生涯付き合える一冊になります。
留意点と読み方
本書は、本棚で最も難解な一冊です。禅・唯識・老荘・イスラーム思想などの前提知識をある程度持っていないと、井筒の議論の速度と射程に振り落とされます。いきなりここから読み始めるのは、まず勧めません。本ページの他の4冊で無我・空・道・分別を超えた眼といった鍵語の土台を築いてから挑むのが、挫折しない唯一の道です。おすすめの読み方は、全部を一度で理解しようとせず、まず「本質と意識」という背骨だけを追って通読し、個別の思想の箇所は分かる範囲で味わうこと。学びが進んでから読み返すたびに、像が結び直されていきます。東洋思想からさらに西洋哲学もふくめた思想全体へ視野を広げたくなったら、総合の哲学の本棚が引き継ぎます。
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