『責任と判断』書評——「悪の陳腐さ」を、道徳と判断の問題として掘り下げる
★★★★★4.5 / 5.0(編集室評価)
結論: 『エルサレムのアイヒマン』の先を読みたい人へ。「悪の陳腐さ」が引き起こした論争のあと、アーレントが晩年に取り組んだ道徳・責任・判断をめぐる論考を集めた一冊です。全体主義のもとで人々はなぜ善悪の判断を手放したのか、個人が悪に加担しない拠りどころはどこにあるのか。「考えること」と「判断すること」の関係を粘り強く問い直した、後期の到達点。編者ジェローム・コーンの解説と中山元の訳が理解を助けます。
- 書名
- 責任と判断
- 著者
- ハンナ・アーレント
- 編者
- ジェローム・コーン
- 訳者
- 中山元
- 出版社
- 筑摩書房(ちくま学芸文庫)
- 形式
- 文庫
- 難易度
- 上級 ★★★ ——後期の論集
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どんな本か——3行で
本書は、アーレント晩年の講演・論文のうち、道徳と責任、そして判断をめぐるものを、遺稿管理者でもある研究者ジェローム・コーンが編んだ論集です。『エルサレムのアイヒマン』が呼んだ論争を受けて、アーレントは「悪の陳腐さ」の含意をより原理的に掘り下げていきました。個人の道徳的責任、集団のなかでの罪と責任の違い、そして善悪を見分ける「判断」という能力——晩年の思索の核心が、まとまったかたちで読める一冊です。中山元による訳で、ちくま学芸文庫に収められています。
核心——考えることと判断すること
本書の中心にあるのは、『アイヒマン』で示された問いの深化です。アイヒマンに欠けていたのは特別な悪意ではなく、他者の立場に立って自分の行いを吟味する「思考」だった——アーレントはそこから、思考と判断の関係を問い直します。彼女によれば、考えること(自分自身との静かな対話)は、それ自体は何も生産しませんが、いざというときに「これはしてはならない」と踏みとどまる力の土台になる。そして判断とは、あらかじめ与えられた規則に事例を当てはめることではなく、普遍的なルールがないところで、それでも個々の状況について善悪を見分ける能力です。全体主義は、まさにこの判断の能力を人々から奪いました。だからこそアーレントは、道徳が総崩れになる状況でも個人が悪に加担せずにいられる拠りどころを、この「判断」に探ろうとします。抽象的な倫理学ではなく、二十世紀の破局という具体を踏まえた、切実な道徳哲学です。
読みどころ3点
1. 『アイヒマン』の直接の続きが読める
「悪の陳腐さ」というフレーズが独り歩きしがちなだけに、アーレント自身がその含意をどう深めたのかを本人の論考で確かめられる価値は大きい。論争への応答としても読めます。
2. 「判断」という主題に触れられる
規則なき状況で善悪を見分ける「判断」は、アーレント最晩年の主要テーマでした。未完に終わったその探究の手前を、まとまったかたちで味わえます。
3. 論集なので関心のある章から読める
一冊を通した長い論証ではなく独立した論考の集まりなので、「独裁下の個人の責任」など、いま関心のあるテーマから拾い読みできるのも実践的な利点です。
注意点
二点。第一に、論集という性格上、一冊を貫く単一の筋があるわけではなく、各論考の背景(アイヒマン論争や当時の状況)を知っているほど読みやすくなります。先に『エルサレムのアイヒマン』を読んでおくのが理想です。第二に、扱うテーマ(道徳・判断)が抽象的で、思考の歩みも細やかなので、腰を据えて読む必要があります。評伝で晩年の文脈を押さえておくと、なぜこの問いに向かったのかが見えてきます。
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